北海道発「出会い」という名のスイーツ「incontro」。
“愛情”・“探求”・“尊敬”…「おいしいものを作る姿勢」を
教えてくれた三人の師との「出会い」のお話。



旭川市 酪農家 佐竹秀樹さん


かれこれ15年近く前、北海道旭川市の郊外で、牛6頭だけを飼い酪農を営む佐竹さんと出会いました。上雨粉(かみうぶん)の丘にある佐竹さんの農場「クリーマリー農夢」。晴れた日には牛舎を背にして左に大雪山、右に十勝岳連峰という絶景が広がる旭川の中でも特別いい場所。あー、確かこの辺り高校の強歩遠足でフウフウ言いながら38キロ歩いた時のコースだったなぁという楽しくも辛い思い出が蘇りました。今は閉店してしまったオロナミンCの看板がある角の商店が目印。訪ねてみて何しろ驚いたのは、牛と佐竹さんの関係。この人、牛と話が出来るんだろうなと直感しました。一頭一頭に名前があって佐竹さんが「ちょん」と呼ぶとちょんが喜んで飛び跳ねながらこちらへやって来る。「さだ」と呼ぶとさだが振り向いて視線を合わせてくる。高たんぱくの餌を与え、どんどん乳を搾る従来のやり方ではなく、家畜として可愛がり、なるべくストレスを排除し、出したい分の乳だけを搾る「アニマルウエルフェア」を実践する方です。初めて体験した臭くない牛舎は、行き届いた掃除はさることながら、良い餌を食べ、健康であるため糞があまり臭わないせいであると思われました。牛も人間も同じです。
乳処理の許可を持ち、ノンホモ低温殺菌の瓶詰め牛乳、低脂肪ヨーグルト、バター、チーズ、ソフトクリーム等の製品全てを自社施設で製造しています。その味は牛乳をはじめ、どれも市販品とはまるでベツモノです。農協やホクレンに生乳を一滴も卸さず、地元の個人・レストランへの販売で完結している北海道の酪農家を他に知りません。おそらく一人もいないと思います。牛の命の体液である「乳」の違いは、佐竹さんの牛への愛情の違いで誰にも真似できません。絶対に追いつけない憧れの師です。



北見市常呂 株式会社 しんや 新谷裕彦さん


「ひととおり見学は終わりましたか?一服にしましょう。」まだお昼前だったのでてっきりお茶だと思い込んでいた私たちの前に、支度を終えて奥の部屋から戻ってこられたロマンスグレーの紳士が手にしていたのは、1本の赤ワインとワイングラス。大連でホタテの養殖をしている中国企業の方々を北海道ナンバーワンのホタテ加工会社北見市常呂の株式会社しんやさんの視察にご案内した時のことです。私が美味いもの探求道の父と崇める、新谷裕彦さんとの出会いも確か15年前です。本当においしいワインがどれ位のものか確かめたいと収集を始めたけれど、一族あまり飲まない方ばかりで、開けても一本飲み干せる機会がなかなかないとのことで我々にワインを振舞ってくださり、もう少し飲みましょうと持ってこられたのが、ウイスキーと鷲掴みにしたバカラのグラス4つ。「これが酒の最高峰だと思いますよ。」とご馳走して下さったバランタイン30年。17年とこんなにも違うのかと驚きました。銀座の百貨店でも扱いのある「ホタテの燻油漬け」が有名なしんやさんですが、「いくら醤油漬け」を北海道で最初に商品化したのも実はしんやさんです。これは美味しいと認めた品は競合他社の商品であれ直営店で扱われます。若い時分から、婦人画報に掲載された全国の美味しいものを片っ端から取り寄せて、気に入った品を英語の単語帳に、表に品とお店、裏に住所と電話番号を書き溜めて何十冊にもなっているというから探求というより執念に近いかもしれません。お連れ頂く北見の料理屋さんには新谷さんにしか出さない特別メニューがあります。昆布出汁で煮ただけのキンキにジャッと醤油をかけて食べる漁師料理「キンキの湯煮」、お母様の思い出の味「あんかけいくら」「カキの茶わん蒸し」、塩辛をのせて食べる「粉ふきいも」、〆には「お焦げおにぎりに味噌を付けながら」等々それはもう他では食べることのできない最高に美味しいお料理が目白押しです。お母様の味をお店の方に伝えるにも何年もかかったとおっしゃっていました。
「あんたには東京から一流の料理人を連れてきて欲しい。しんやの商品を目の前で食べて批評してほしいから。」そう言っておいしいものを創る探求の道を実践でお示し下さいました。
しかし、原料の吟味から塩加減、干し方までを昔のまま再現し、納得のいく味に仕上がるまで5年を費やされた「鮭の山漬け」を完成させた時にはこうおっしゃいました。「友人の宝石商に言われたよ。『あんたのこだわったこの味が伝わる人がどれだけいるか。』うまいものが商売になるとは限らない。レトルトカレーのほうが売れたりするからね。」
ハッハッハッと笑い飛ばされていましたが深すぎます。
これからも道を照らしてください。



 

札幌市 スイスドイツ菓子工房 ビーネマヤ 
オーナーシェフ 岩川芳久さん


「スイスドイツ菓子ってどういうお菓子なの?」15年ほど前に女房が電話帳で見つけて、気になって気になってしょうがないお店があるとのことで訪ねてみたのがスイスドイツ菓子工房ビーネマヤさんです。一歩お店に入っただけでこのお店のお菓子は美味しいに決まっているとわかる「いい匂い」がしていたことを記憶しています。エンガーディナー、カイザークーヘン、リンツァー、モーンシュトゥルデール、マンデルシュトレン。当時の私たちには聞いたことのない名前のお菓子のオンパレードでした。手に取ってみると、どのお菓子も見た目よりも重く、これは良い材料をふんだんに使っているぞとわかる品ばかりでした。7~8種の焼き菓子と家族分の生ケーキ、それとガラスケースの上の籠の中でおいしそうにピカピカ光っていたアッフェルタッシェン(アップルパイ)を買い込み、車に乗るや否や夫婦でアッフェルタッシェンから食べ始めました。「うっ、美味しい。」「何、コレ。」。ふた口目からは、口元に近づけるだけで、一口味わってしまった風味と食感の「美味しい期待」が鼻から入って来て息が出来なくて「溺れる」感覚なのです。あっという間に食べ終わり、気付いた時には、ヘンゼルとグレーテルさながら他の焼き菓子も夢中で食べていました。素材を素直に生かしたお菓子、複雑な味わいが波のように押し寄せるお菓子。何なんだろう。この人スゴイ。いっぺんでファンになりました。
家族の誕生日、大切な方へのお使い物、いつもビーネマヤさんのお菓子でした。
通いだして何年かで岩川シェフと顔なじみになれ、思い切って話してみました。
「私、結婚式のお菓子の販売をしているのですが、ビーネマヤさんのお菓子を一品でいいから扱わせてくれませんか?」。「日々のお客様にお応えするのが最優先。製造キャパに余裕が出来たらいつか。」この繰り返しを10年以上。
あまりのしつこさに「ご自分でお作りになるのなら、全面的にお教えしますよ。」
と言っていただいたのが8年目くらい。昨年、大きな転換期を迎えた我が社は紆余曲折の末、菓子販売会社から菓子製造販売会社になる決心をしました。
あの言葉を真に受けてお願いにうかがったところ、「全面的なご指導」を快く引き受けてくださいました。「水切りヨーグルト」を大きなテーマにしたいという我々の希望にお持ちのヨーグルト関連のレシピを供給して下さり、何度も足を運んで女房にプロの秘訣を教えて下さいました。シェフの尊敬する師匠、日本にスイスドイツ菓子を広めた巨匠、ポール・ゴッツェ氏が昨夏二度危篤状態になられた時、二度ともすぐに東京へ駆けつけた岩川シェフの背中を見て、シェフのお菓子がなぜ美味しいか、またわかってきました。